昭和54年8月16日 五穀豊穣諸事繁盛大祈願祭                                                                                                                   (親先生の御教話)

 え...小倉の初代桂松平先生が..あ...このお祭りの..初めを創られた御方です。え...ある時に善導寺に原さんという 婦人 副会長をしておられます人が 桂先生の御修行とか桂先生の御ご信心を聞かせて頂いて ん...「だいたい 桂先生と言う方はどういうご修行をなさってあんな体得を受けたお方だろうかと思うた。そしたら 神様からお知らせ頂いた。御心眼におば焼けをね作る所を頂いた。もう今は、もう( ? )白くこう さらしたやつが売ってますけど 昔はあの( ? )それを家で熱いをかけたり..ね。それこそ..ん..それこそ冷たい水でさらしたりしなければ あのしゃきしゃきする おば焼けの味は出ませんね。本当にね それこそたぎるような御信心をなさった 又そおいう御修行もなさった。又は( ? )それこそ 冷たい氷ような水でさらしに さらされていわば桂松平その人間性が神性に変わって行かれた。人間の油が抜けていった..ね。というような..ん今日は 先生の..ん..御信心をね 忍ばせて頂きながら この夏のご大祭を まあっ 私もご一緒させて頂いた。皆さんも拝ませて頂いた訳です。暑いでしょうけれどもね..  やはり 今日は修行のお祭りということは だいたいは願いのお祭りね..だから..願うからにはね 只 お願いします お願いしますじゃね。改まりもします。磨きもしますね修行も厭いはいたしません。そして 私初めて願いと言う信心が生まれると思う。しかも願うということは これは赤の他人の誰かれ頼むわけじゃない。それこそ親神様にお願いをする。親に頼むというのですから この神様に近付けば近付くほど..ね 願わずにおられないという神様 まあ 丁度一年に成りますね。私中近畿に あのう三日間の..え.. サンケイホールでの講演会。それで2日間の研修...参りました。それで私と泉尾との対談がございました。そいで 沢山 青年教師の方が、それに参加されまして まあ 私共の話を聞いてくださった。どんなに考えてもね、泉尾の教会の先生の信心が分からん。どこに あれだけの沢山の人が集まって又助かるのだろう..ねぇ..だから私が、あのうこう?話したんです。「もう 泉尾の先生ぐらい めぐりの深いお方はおんなさらんじやったろうと私は思います」と妙な顔しよんなさいました...ね。              けれどもね、めぐりが大きかったからこそ あれだけの力を受けられ あれだけ神様に接近された。いうならば誰よりも 神様に身近な所におられる先生だと 私は申しております。あの この頃 ご本部から厚い本が出ております。私と二人の話が出ておりますが、その事も出てます。めぐりが深かったからこそ 神様に近づくことが出来られた。例えて言うならば 濡れたおふきんがこうある。それを乾かす為に火鉢に側へ持っていく。これが乾いておったらこの辺まで持って来たらパッと燃え上がってしまう。所が巡りが重たい程にじっくり濡れておられますから、もう火も..あー..炭の中へ入れてもね、一寸やそっとじゃ燃えん そしてどんどん乾いていく。その乾いた時に それを乾かす事の為にです。神様に接近された もう火の中に飛びこんだようにしての信心が出来られた。だからあれだけの力が頂かれ。だからあれだけのお陰が頂かれ。そして願いに明け暮れておられるという先生...ね。めぐりは嫌だと思いますけれども、巡りが大きければ大きいだけお陰も大きい又はお徳も受けられるという事です。今朝からのご理解に..え..【お供え物とお陰は付き物ではない】と言うご理解でした。金光様の御信心は確かにそう..ね。例えばお供えをしたからお陰を頂くという事ではない。お供えをしなくても それこそ氏子の真心があれば 庭のきれ葉一枚でも神が真として受けると仰せられる神様。何故でしょう 他人じゃ無いからですよ..ねっ。親ならばこそです いやむしろお供えでも出けんならば..ね、言うならば..ね、まあ辛い所通っておるだろう。帰りにはそれこそ許されるならお金をこ使い銭をちいっとは持たせてやりたいごたあるのが親の心なんです。此の方の..だから他の信心とはそこ辺が違う。お陰と...ね.ん.お供えの物は付き物ではないという。所がです.ねっ。確かにそうなのだけれども..ね お供えものと..お徳と力というものは 私はこうかんだと思うです。お供え物というならば あれには力と徳とか( ? )かい書いちやない 言うては無いね お供え物とね..ね。徳とか力とかいうものはねお陰の世界とは違う お徳を受けるということは皆さんどういう事だろう。最近は合楽でもう御道の  合楽の信心は土の信心に極まった...ね。いうなら大地の信心をいよいよマスターして 黙って治められる心の状態を創る事。忍びの信心さして頂いている内にいつの間にか 心は豊かになり 心は広うなりお陰も段々ひろ広う..お陰の世界に住む事ができるけれどもそういうお陰の世界に住むと同時に..ね 天の心のマスターが要るんだと 天の心とはもう限りなく与えて与えてやまない心。無条件..ね 私共その与えて与えてやまないと言うことは出来ませんけれども そこに私共場合は いさぎよいという心が必要なん...ね。そのいさぎよいと言うその心の状態..ね、その心に力が受けられる。お陰が受けられる。今日私は三十年前の話を あっちのご理解の中に申した事でしたけれども 私福岡まだの修行生の時分に もういよいよ..おお..もう本当に..い..食べるに食が無いというような着るに無しの時代でしたが、もう商売も止めて子供達三名おりました。若先生と長女それから二番目の娘の三人でした。家内もあちらに来とりましたけども 生活が出来ませんから椛目の方へ帰した。大祭 親教会の御大祭という時には もうどんなことがあっても二日前には帰らせて頂いて御用頂いた..御用させて頂いた。そして私は出けんながらも そういう時に神様が必ずいうて良いほどお陰をくださったことの中に 私の御祭典費ということであった。同時にあの御本部参拝と言った時には もう神様が何とかね 神様がねんしゅつ下さるんですよね。所がその時の御大祭だけには もうどうしても出来なかった。家内から 福岡の方へがきが来ておった。気配欠配の大変激しいあの時分ですからね、親のもとで親子四人の者が食べておるということは、もうこちらにもそんなに有り余っておる分けじゃないわけだから 今度帰って見える時に 配給品の何でも良いから あのう少し持って帰って来てくれ。というはがきが来ておりましたから まあしっくはっくしてからようやく もうそれこそ真っ黒なメリケン粉ですね。メリケン粉をまあ一表一寸足りないくらいを( ?  )取りまして それを持って大祭の御用の為に二日前に帰らせて頂きました。あの時分は西鉄のあの切符を あの改札口所にずーと並んどりました。もう交通量が今と違いますからね。そして私はずーとその列の中に並んで まあしみじみ思わせて頂くんですけども 本当に今度の御大祭ばかりにはね まあお陰を頂いてかろうじて  祭典中のお供えだけは させて頂いたけれどもお供えは何にも出来なかった 本当に相済まんことじゃあるなあとしみじみ思わせて頂いたら 神様がね 私が今足元に置いとるそのメリケン粉をこうやってさせて下さるんです。もう途端に私は思いました。感じました。やあ ここやったと思うた..ね。だから..その..おー..メリケン粉を今度の大祭のお供えにと心を決めさせて頂きましたら すぐ神様が又お知らせくださった..ね 丁度めん鳥がね。首をあのこう羽根に突っ込んで まあいうならば もうそれこそ思案にくれておるというような状態である。同時に( ? )ひよこが居ったのが もうばたばた描くような感じで倒れていく様子を頂いた。おまえはこれをお供えすると言いようれけれども これ持って帰らんと子供達がえらく(?)するぞ。家内がまっとるぞと言わんばかりのお知らせであったけれども、こちらの腹はもう決っておる..ね。生きるも死ぬるも もう神様まかせ神様にお生かしを頂か無ければでけん。日頃頂いておる教えと言うものがこう云う時に生きてこなければ というような気持ちがございまして 家内子供のことは どうぞ神様お願い申しますというて私はその時の大祭をいうなら真っ黒のメリケン粉のお供えを持って大祭のお祭りに御答えさせて頂いたことがあった。お祭りが終るあくる日は後片付けの御用を頂いて そして福岡の方へ帰らせて頂いた 福岡の方へ帰らせて頂いて 家の前まで来たら、一台の自転車がそこにあって何かこう乗せてある。したら..その..向こうから あの ここ誰もおんなさらんから帰ろうと思いよるとこじゃったと言うて この人は中国の方なんです。私がまだ商売をさせて頂いておる時分にある、お商売の商いのお手伝いをさせて頂いておった。それが当たってお陰を頂いて儲かった。だから今日は実はお礼に出て来たんだ。第三国にその方たちがその時分に 配給受けてるメリケン粉というのは 進駐軍からですから それこそ真っ白のメリケン粉で...まあ...メリケン粉です。それを一ちょお礼に持って来てるんです...ね。結局ね 私はね、一生懸命というのものは..ね。一生懸命は...いうならば命を掛けると言う事なんです。だから一生懸命の真心、真を持って 私共が..ね。いわゆる天の心を持って いさぎよく 限りなく 美しゅうしかも無条件でこれをお供えしたけんで こいだけもらわなならん、といったようなものではなくて そうせずにはおられない心というものが 段々育ってくる事が私は信心だと思うです..ね。お陰を頂いてね それこそ すぐにメリケン粉を またすぐ家内も方に遅らせ頂いたことでございましたけれども...ね この神様はねそういう働きを見せて下さる神様。
だからお供え物とね、お陰は付き物ではないけれども、お供え物と力と御徳はね、お徳や力というのは、その場で そのこうでばずでお金を払って 物を貰って来るようなわけには参りませんけれども いつも間にか自分の心の中に頂く所の力 はあ..これが御神徳というものであろうかと言うものを感じる生活が段々出来てくるようになってくる。   昨日は、前夜祭の後富久信会でございました。ほいで 新館で..え..まあ結局..ん..私の司会のようなことになってしまって 昨日は変った富久信会でしたというのが、私がもう合楽の幹部の..お先生と言われるような人達に(・?)して貰った。それに皆さんが聞いて下さった..あ..所からね、不思議な何か疑問があるならば尋ねて欲しいというような..あ..事で、昨日の富久信会は..あ..中止しました。皆さんいつも素晴らしいお話をしておりました。富久信会の会長である(?)さんがあ..あの発表しておられました。昨日の御祈念に参ってきて「親先生、金光教で言う死生観と言うのはのはだいたいどういう事でしょうかとこう言う。」難しい事を、今日あんた尋ねるのうと私 それもそうよね 一寸やそっとじゃどうとは言われんけれども 只一口で言うなら、教祖の神様は生きても死にても天と地は吾が住家と思えよと教えられておるけれども、問題は、実感の問題だ。それが 本当に信じ感じられると言うとこにです。危ないという事もなければ、怖さも無い..ね。結局はね 私共がいよいよ 日々こういう心の状態には、こういうお陰が受けられる。こういう一生懸命の信心されば こういう力も徳も受けられるという実証を積んだ上にも積んで行って..ははあ.このままあの世に行っても..死ん..行ってもです。このままの世界であちらに言うならば 過ごす事が出来るだろうというようなことが、信じられて来るようになる。そこで初めて 死生も安心も生まれて来るでしょうし 言うならば 死生観が出来てくる。なぜそういう事を私は教団が尋ねられるのだろうかと私は思うております。したら 昨日そのことを発表しておられました。先日から私共の先輩で、大変まあ成功者が居られます。もう年取られて居られる。その方が「皆さん、私はもう本当にこう年を拾うて行くに従って 何か渋るという事を思うたら、それが怖うてたまらんとこう言われる」ね。私は若い時から、あなた方も知っとるように、あそこのにもこういう役にも立った。ここでは 私がこうしたからあの人がこうやって助かった。随分いうなら人の為にも尽くして来たけれども いよいよ終着駅に近づくに従ってです。私の心は不安で不安でその事を思うたら もうそれこそ怖さでおののいておる。」ということを聞かれた。       皆さんどうでしょう..ね。真剣に死という事を私共が考える時にです。そういうやはり それこそ恐ろしい 怖い。私 あのう久留米の..あ..三井教会の総代をしておられます、今日お参り無かったようですけれども、岸という先生がおられます。私共 まる少時分に非常にまあ私共が尊敬しておりました。私と七つ違いどいう所にね、私の先生の信心にまあ、私 少年ですかね まだ若い十五、六ちゅう時分にも先生の信心に非常に憧れを持っておった。もう言われる事、言われる事が私共と思いも尽かぬことを言われる。   ある時に、丁度子供会であった それまで遊びよった そしたらそこへやっぱり先生と同じ年配の方が二、三人で何か話しよった。私そこで話聞きよったら 丁度そこに壁ちょろが出てきたんです。ちょろちょろと..ね。そしてから 岸先生がその友達の方達に言われるのに「もしあんたが死刑にならにゃんというなら 自分たちはどげな風に死んだがよかの」とこう言う。「そりゃもうやっぱ死のうごんなか。」どうもこうもなかとこうまあ 返事だっただろうと思うんです。ただ聞いて言われた事だけを私は記憶しておリます。私がもし死刑になるならばね。壁ちょろは大変毒だと言われておるが、本当に毒か 毒でないのか それを確かめてでなからなけりゃ私は死なれん。私は子供心にね、そういうことがね。まあだ先生が二十歳前位じゃなかったでしょうかね。そいうことがどうして( )えれるだろう。                                 またある時にですね。私が殿上なんか まあだ二十歳位の時 もう死ぬるということを考えたら悲しゅうて 悲しゅうて仕方が無いから 人間中に有って一人でなくという( ?)つかされた時があった...ね。神様を思うとか..ね。神様に対する情念というのは そいうような私はその自分の心を深く見つめるといったような事から 段々情念が出来てくる。だから 死ぬるということは考えたこともない。というものも いつかは当然私共もやはり..ね お迎えが来ればあの世に行かなければならない時にです。慌てるか いやだと言うても仕方が無いね。それこそ教祖の神様ではないけれども ああ、心安しで行きたいものだと思う。この辺もね..え..局たん違いなのが 泉尾の先生です。泉尾の先生は信者の一人一人に仰っておられる。今度も私はその話をしました。あのう大阪で...とにかく 先生の信心と私の信心の開きというものはね、もう大変な( ? )とても私共思いもきらん。私共信心させて頂いて それこそ安心出来れば立命のお陰を頂いて ああここへは 次、信心行きたいけれども 三宅先生はそうじやない。私がもし死ぬ時にね。心安しといったような安楽死をとげたならば 私が言うてきた事は皆んな嘘だと言っとられる。わたしは恐らく死屍、八倒してしぬるに違いは無い。それを覚悟しとる。そして、皆の巡りを持っていってやるぞと仰る..ね。そのことは私は嘘か本当かは知らんけれどもね。ここに井上太門..太郎先生の妹さんが、今若松に今日も参って来てます。           大阪に..え..仕事の関係であちらに行って居りましたから、泉尾の教会でお陰を頂いた大変泉尾の先生に可愛がられた ある時に帰ってきた。そいで 私は控えで..え..その「どげな風な泉尾の信心な」と言うたら 「もう そりゃもう素晴らしい 素晴らしいそう言う話ばっかりする。聞いただけでもやもやしと」て人間て面白かですのや。人間繁盛しよとこっち腹が立つ。人間の心の中にはそいうものが有ります。そういう心に取組まなきゃいけんのです。だから だからそれを取のぞかなきゃでけんのです..ね。     そいで、その今の話しを和子さんがしますもん。                  そこでとに角「親先生貴方は違う」と、どこが違うかと言うと 「家の親先生は、死ぬる時には 自分は四転八倒して そして、信者のいうならば巡りを持って、死ぬが死ぬまでそういう御用をして でなからなければ死ねれん」と言っておられる。「そりゃどうも金光教の信心にはにやわんの」とちとばかり悪口を言うた。そしたらその和子さんがね「親先生、貴方ごたごと言いなさるなら泉尾の先生が可哀想」て泣きました。もう私はこれどうこうしょうもなかった。もうよかよか もうよかよか今んとしらごとばいと言うたっちゃ泣きやまん。親先生、あなたんごと言いなさるなら 泉尾の先生が可哀想というて..そういう程しのたった僅か二年か,三年の間にこの位に一人の信者に童念心を燃やさせる先生とは一体どういう人だろうか。と私は思うておった。                今度、お会いしたけれども色々と まあ膝付け合せて色々お話もさせて頂いたけれどもわからん..ね。私共 あの御比礼もたい その羨ましい程の御比礼ですけれども、そういうお陰の頂けれるその基というのは 何処にあるのだろう。それをいつも私共は研修の時追求いたします。ようやくここの辺が少し分かったということはね、 どういうことかというと 先生の場合もう教団とは関係ない。もうとに角、世界総氏子の難儀を救わずにおかん。助けずにはおかんというので、世界中の宗教者と相はかられて そしてもう それこそ世界をまたに掛けて そのもう飛んで回っておられる。もう 私より十多いですから七十五、六、なられます。吐合しゃきしゃきとあります。お話なんかでも勢いが言いね。かというてです。ほんなら 他の宗教者とほなら世界真の平和を言うならば話合いをなさったり、見当なさって居られるけれども 一向それが世界真の平和に繋がりそうなことは私はまるっきり分からない。知らない。只がたがたしとんなさるだけごたあるけれども 本当に世界真の平和がね。宗教者による真の信心によらなければ出来ないと確信して、 そして、言うたり 思うたり世界総氏子身の上安全世界真の平和。最近は世界 いうなら天地の清まるをも願わして貰う。地球の上に云うならば【寒天危地】寒い天、危うい地と神様は教えられた..ね。地球上に死相が..どうでも 私お知らせ頂いた これを救えるものは 真の信心以外にはない。それを云うならば【歓天喜地】歓びの天、喜こびの地にして行くのは、金光教の信心においてはないというお知らせを頂いてです。        私もその事を世界真の平和を祈り、云うならば天地の清まるということ..ね。地球と天地との関わり合いに於いての、あの事をこう日々願わせて貰う。( ? )そのことを【?)願う事は願っておるけれども...ね。これ皆さん方そうです。世界真の平和 真の氏子もそうだし( ? )願っておられるけれども 泉尾の先生の場合はその祈っておるだけではなくて、じっとしてしてはおられないと 世界各地を年の内に何回も飛び回ってそのことに 云うならば御苦労して下さってある。その心は一つも実らんようである。 押せども、引けども一つもこれは動かない。動かないけれども それに一生懸命の命をかけて押してもらえる先生のこれには、力瘤が出けておられるんだなと祈りが大きい。それを実際 行動を持って現そうとしておられる。あそこにです。神様の加護があるじゃないだろうかねと云うて、四,五日前の研修の時にその事話した..ねぇ     
(?)いつも あちらから..あちらの御本を毎月送って下さいます。こちらからも送りする。それに..え..先日婦人大会が有った。その写真の模様が もうそれこそ三千名だ、婦人会が 大した事でしょう。婦人会だけで..ね。そういうたとえば その御比礼 そういうものが助かるだけの力を先生が受けておられる。もう思う取ります。願っておりますだけでなく 実際の上に現していこう。そこでなら今日のお話の中に申しましたように 今ここに五十名あまりの先生方が、一生懸命信心のこの頃からどこか養子に呉れ、嫁ごに呉れと手紙が来たんです..ね。とても 内はそげんとこには、とても行くちう言う人は一人もおるまいと思うたばってん 皆なに言うて見た。嫁にはここからいっとうばってん。誰が私がちうもんおらん。皆な海外布教ばかっりを願っているんです。合楽理念をマスターによりね。とに角 色が黒かろうが、白かろうが 言葉がわからなくても合楽理念を持ってするならば海外布教は可能だと信じておるです..ね。今日のいうならばお祭りの( ? )という桂先生が世界万国に信心を広げんという熱願を持って居られた。その熱願を私共も受けて、それに応えるだけの信心を頂きたいと私は思う..ね。先ほど..お..佐田さんの、 文の発表の中からです..ね。先生が...佐田さんが書かれて事は、日々合楽理念を持ってする他ない。これは、家庭の上にも それからこの頃も医者が見放したという病気ここに血が出てた、腎臓ですかね。そいでもう 弟さんが医者だもんだから もうてんで やあやあ言うちからあやかましか。もうこっちはままよの気持ち。夫婦でおられるけれども もうとにかく医者から とりまかれてる風で そいでその..診察に行かれるけれども そん言ってから もうこうやって大変な病気ばのと いくら( ? )医者が腹の立って来た。とてもあんたごとかまわん。かもうてもらわんなら直よか、というごた風で廊下に出とったんですけどもね。この頃から 又ね、弟さんがこんなにしてから 言ってくださるから それもやらせて頂いた。でも( ? )今度だけはどうでん ( ?)さん、どうでも手術せんといけんばいというて ( ? )初めて聞いたそんなことがあるじゃろうか。医者が言うからほんな事じゃん。そしてですね。その大きな固まりがなくなっておるのに、医者が、もう「不思議 不思議」と言うていうたことです..ね。本当にいうならば 健康管理は合楽理念を以ってする他ないと言うような もうそりゃ それまでの間に もう引かれたり、押されたり、もうてえがいのもんには 先生、病院にいってよか所じゃなかばい。薬飲んでも悪いこっちゃなかばい。ただ薬は毒やけん【毒薬、変じて薬となる】ようにという祈りを持って行けば医者に掛かってもよかばい。薬飲んでもよかばい。所がほな佐田さん達の場合は それがねもう 何ていうでしょうかね。神様がお蔭をくださるというなら確信している。ですからまあお蔭を頂いた訳です。まあそういう例は佐田さんには幾つもあります..ね..商売の上にも もうとにかく商売は合楽理念を以ってする他ない。健康管理は合楽理念を以って,そこまでの信心を頂いて行くということには、それこそ、限りなく美しゅうも成らせて頂き..ね。ここは土の信心で受けて行こう。最近では、天の信心と言われれば、それこそ潔い心を持って、神様の前に御縁が出来て居られる。そこから、佐田さんの心の中に頂けておる物はです。けれども肉体は滅びても この心だけ この魂だけは残るのだから、魂がこの位歓喜に満ちておる。心がこの位に安らいでおる。この安らいでおる心が、歓喜に満ちたこの心が魂が、このままあの世に行くであろう。勿論あの世に行っても、いよいよ以って合楽理念を以って魂の助かり 喜びの魂としての精進させて貰うという腹を決めときゃ こりゃ死ぬる事も大して怖い事ではない。その信心のない偉いその先輩の方がです。もう私は死ぬると言う事を思うたら..ね..悲しゅうなる、いや、怖いそこに信心の有るもんとないもんの開きを感じた。というお話しをなさいました。そりゃまあ 私が本人の話し聞いたらもっと素晴らしかった..ね。         総代 まさきさんが..今度総代 発表していました。先日から 社用で福岡に出らせて頂いた。御取次ぎを頂いていった。所が先方が居られなかった。普通でいうなら ああ福岡までもいるんじゃたと言う所でしょうけれども 帰ろうと思うて 電車でいっとた 電車で やあ向こうの方から見たごと人が電車に乗りござあ。誰じゃろうかと思うたら、秋永文男さんの家内のよしえさんであった。そん時にね いうならば久富さんが感じておることは、いや今日は気分のごたったばってんこりゃ気分じゃなかったなと思うた。いわゆるフイリングです 感じた。それから電車で..自動車をおごうりに置いていったからおごうりで下車した。下車したら信徒会長が向こうからヒョロヒョロやってきた。もういよいよ持って今日は、神ながらの御用の為に来てるんだなと。私共が信心させて頂いて、自分の言うなら思うた通りになる事だけがお陰だじゃなくて、深い広いというお陰というものはそんなもんじゃ決してない。けれどもそういう思うようにならなかった時、ああ気分だったというて不平不足が起こるようなことではお陰は受けられん..ね。神様のご都合に違いはないと分からせて、そういう分からせて頂く働きが、合楽に御信心頂いておる人達の上には 前後に必ず起こっておると言う事実である..ね。あの福岡の広い所で自分の親友である友人の奥さんにあった。ちらっと会うただけだったけれども..( ?)信徒会長と合うた。もういよいよ持って、今日は神乍らな一日神様の御用にお使い回しを頂いた。自分の用件が片付いた、片付かなかったちことは問題じゃないという話を今日致しました..ね。皆さんが、過ってしていました。ここで筑水の幹部の信徒会が、原鶴で行われました。( ? )信心実証です。その時に聞いた話、又は自分が連れて頂いた話をしておりましたが..ね。とにかく..ね。布教と言う事、教えを頂くと言う事はね、とに角人を思う情念が強うならなければいけない。そしたら講師の先生がおしゃった。合楽の大坪先生は、 この情念のことは、神様の童念心 神様の情念と言われる。いや今教団では いうならば取次ぎ者がです。信者のことを切実に思う情念の心が、( ? )所に沢山集まったんだと言ったような話しがあったと言う。だからその情念というものがです、情念を起こそうとして起こされるものではないと言う事...ね。結局は天の心であり 地の心であり 日月の心であると 日々それに取り組んで..ね。そして本気でこの事を思って神様は何を解らせて下さろうとして居るのかと、天の心 地の心を求めてやまぬ心がなからなければ情念は生まれてこないという まあ具体的な間( ? )を見ながら発見した。その三人の話しを聞いて 信徒会長が求めて居りましたものを聞かせてもろうて、詳しい事言うなあと私は思うた...ね、とにかくね 本気で私共がね。ここは土の心だ ここは地の心だ ここは天の心だと潔い心を..ね。振るに使わせて いうなら寝ても覚めても 天の心とは 地の心とは 求め続けなければいけない。自分が数十年前..え..十( ?)前でしたかね  この( ? )自動車事故で十何時間もうあの世行きをしておった。その時にもう色々な事を頂いたが とにかくね あの世でもね とにかく合掌する心があれば 取次ぎが開けたという体験を発表してました..ね。                        私はこの頃から 皆さんに、もうとにかく限りなくお水を頂くわけ、だから信一点ばりというのがもう 今、四時半ついついこらえて居りますかね。四時半にさがらせて貰うともうそのままづーっと、そんまま倒れこむごときつうして もう手を上ぐうごつもないごときつかです。糖尿病というやつは..ね。もうほんなごつです。一寸きついです..ね。だから その日も、私はガタッと布団の上に倒れこんで「ああ、きつか」ち思わず言うたらね。神様から【死に神が集まる】と仰しゃった。もう私はびっくりしてね、もう今日からは、絶対、きついという事は言うまい。きついことがあっても そいから四、五日後に気ずいたことなんですけれども、水を飲まんでおる自分に気がついた。して「ああ、きつさ きつさ」言わんでおる自分又に気がついた。もう驚いてしまった..ね。だから私は皆さんにその事を聞いてもろうて、体験者が何人も出けた。「親先生、もうきつかと言わんという事は確かにきつなからにゃならん筈がきつうないですばい。」やっぱきつか、きつか、 と言うと(  ?   )ちいっとづつ集まって来よるけん よけいきつか。所が今日は結構な修行させて貰うて有り難いちぃ言うもんじゃけん。きつか( ? )が離れていきよ。と同じようにね、例えばお金に不自由をしておる。難儀をおている。という人は必ず悔やむに違いなかです。もう心から悔やみよるです。口には言わんで芯からもう本当にこの金がと思いよる。だから自分で( ? )クルスが一番よかと思うてしがみついと..ねだからね、結局 その金が無い事がこんなにも難儀なことか、こんなにも苦しいことかと..ね。それこそ落ちぶれて..ね、 初めて人の心が分かるというが..ね、信心させて頂く者は落ちぶれてみて それこそ( ? )困るほどしの難儀をさせて頂いて 初めて分かる親神様のお心であると言うことになって来なきゃいけんのです。そのお陰で神様今日は結構な修行させて頂いてたと私の過去を思うた時にです。私共そういう いうならお芝居じゃない 一つの場面というものがね やっぱ神様が感心して見よんなさったんじゃなかろうかと思うです。もうへとへとになって帰ってきてるけれども今日は、結構な修行させて頂いて有り難いとお礼を申しあげようと それこそもう有難た涙がこぼれてしようがなかった。あれは、大坪総一郎の有難た涙ではない。
神様がそこを分かって呉れておるかと言う喜びのいわば神様の感動ではありはなかろうか今にして思います。だから皆さんね、もう悔やむということはいかんです..ね。( ?・)いかんです..ね。結構な修行をさせて頂いて有り難い。そういう信心をです私共が天の心地の心を持って、それこそ..おお..じゅうおう無人にここでは、それこそ十全の教えと言われる教えがもう誰でも解るように 行じられるように解いてあります..ね、だから..そこにいうなら 自由自在の心のこなしが出来る時にね。喜びが湧いて来る。楽しみが分かって来る。そこに一つのリズムが生まれてくる。久富正義さんが昨日発表していたようにです..ね。一日は自分の思うようにならなかったけれども 一つのリズムに乗って自分が動いておるんだという。一つのリズムを感得しておる話であった..ね。だから ああ随分だったじゃなくて 神様 今日はよか修行させて頂いて有り難いという事になるのですね。そこで 皆さんがね、本当に憶万長者のお蔭を頂かせて頂く為には 憶万長者としての心がいるのです。受け物がいるのです。それにはいよいよ 豊かな 大きな心を持ってしなければ成りません。もうちょっとした事が腹が立って 腹がたってたまらん。もうちょっとしたことが 気に掛かって 気に掛かって堪らん。                 先月そういう人が有りました。もう夜一晩眠れんじゃったち。どいうことじゃろうかと思うて聞いたら それ何 自分の事じゃなく人の事じゃん..ね。そして 私が頂く事がこの位のばっかに かにの輪に平たい板をこうやって あのそれいっぱいに板をこれ指す所を頂いた。だから この板でこう輪がくびよる..ね。引っかかいよる。これに だからちょっと( ?)ひっかからんという。だから引っかかる事ようなことがある時程 自分が大きくならなければならないんだと悟らせてもろうて 大きくなる手立てを合楽理念に求めなければいけないと私は思うです..ね。                       今日ね、桂先生のうーん..御信心のお蔭で九州にこの夏の祈願祭が起こって、もう私がえー 今朝からでしたかね。この夏の祈願祭、私共親教会に子供の時分 初代が居られる時分のこと思い出してから、話聞いて頂いて頂いた事 いうならもうリアルに聞いてるけん..ね。もう.あの.そいが...詳しくは覚えない子供の時やから、まだ初代おられる頃 もう.確か夏の祈願祭の時だったな いつもそうだなあと思っておったことは、私の学長の岸..私の恩師であります。恩師がもうあの西瓜屋さんが西瓜を下ろしに来る。わけですよね。まあ( ?)西あたりから そうすっと あのう大祭前になるとね。あんたん方畑でもう一番大きかつば持って来てくれんのと誰でも頼どる。だけん幾つでん持って来るわけ。もうそん中から一番大きいとを御大際にというてお供えしょった時分に もうとにかく あのお広前が割れるような あの勢いでの..あのお祭りを私共拝ましてもらいよったがああ本当に信心にはね、そういう一つ勢い。この夏の御大祭なら 夏の御大祭を頂く前にです。もうね、本当にああでもなかろうか。 こうでも無かろうか。心に祈り祈り、願ってです..ね。やっぱです。思いをね.そん 懸ける人達が有って、そしてそれがお広前いっぱいになる時にです それこそ割れるような神の比礼がいきいきとして来る。そ言う中でなからなければ人は助からん。昨日私 えー丁度 ここでその先生の御用頂いて居りましたが おー今度 こちらで( ?)ほいでこちらは 準備だけでした。何箱来てるか..十一箱箱ばっかり来た。ばらしてお供えせんの言うて箱でお供えされるから 九箱しかないそりゃ九箱どんじゃ どんこん出けんめえもん。私が言いよる所へ ある人が参って来た。「だいたいどれ位あったらよかですか。」言うけん 「まあ、どげん考えたって二十箱ね。二十箱はなからにや、ここがちょっとカッコがつくまいと思う」「ああ、ほならあと十一箱持ってくりゃよかですね」と言う。「ん..十一箱もってくんない 二十箱じゃけん 丁度よかろう。」ち そして、夕方ここに出て来たら ここにいっぱい積んである。三二箱積んである。どうしたこっちやろうかと思いよったら あそこから こっちから又お供え来とる。丁度三二箱 あそこへ( ?)お供え出来た。私共がね たとえば その大祭大祭と思いはしなくても そういうとこにいき合わせた時にです。ああほなら どれだけあれば こがんなりますか。又じっと「そんなら 私がお蔭頂きましょう。」そういう意気込みがなからにゃいかんです。先生には、本当言うたらその前まいっちょうそんな事前にね。それこそ私のいわゆる聞いて頂いたようにね。大際には、どうでも( ? )最適なお供え( ?)もらう。そしてお供えはあれこれと いうならば お供えは決めずに( ? )ね というような そういう心の状態からです。言うならば 真心一心 一生懸命のお供えが出来る。その一生懸命のお供えがね。お供え物とお蔭は付き物じゃないけれども もうその一生懸命のそのお供えとね。御用にはですね 力が伴う。お徳が受けられるという事であります。だから ただお供え物とお蔭は付き物じゃない( ? )金光様の信心はお供えせんでよかばい、なるほどよかてお蔭は頂くです。散り紙でもいいです( ?)があれば けれどもそれはお蔭の世界であってね。お徳の世界というのではないのです。私は今日皆さんに、お話聞いて頂いて一番有難い事はね、ハンカチを皆な使いなさらなかったり、うちわを使いなさらんじゃたりする事が もう今日は神様へ1番のお礼せなんと今日は思うんです..ね。私も、例えばこう一生懸命 汗はだらだらばってんね。そのだらだらだけれども暑さを感じんですね。一生懸命の時には 皆さんこういう風で一生懸命でお話しを聞いて下さったという その一生懸命が又今日のお祭りを境にです。解る所を分からせて貰い。行じる所を行じさせて頂いて、云うならば桂先生がおやりになったと言う..ね、神様のお喜び頂けるような御用の出来る為の この大祈願祭であったと言うようなお陰を頂きたいと思いますね。...